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後輩からのメールと、ホテルに集まってくれた義守大学の学生達

 今日、私の出身校新潟県立小千谷高校の一年後輩だった人から、メールをもらいました。後輩はものすごく山奥のお寺の息子さんで、お家からは高校に通えなかったので、私の実家の近くのお寺に住まわせてもらって、通学していた人でした。高校時代は毎朝本堂のお掃除をし、方丈様と一緒に読経をし、「方丈様、行って参ります」と坐って手を突いて挨拶をしてから学校に行った、と、これはウチの母が、お寺の奥さんから聞いてきて、ぐーたらで寝坊の私を叱るタネにしていました。
 お寺は継がず、早稲田の第一政経学部を卒業すると企業に就職しましたが、久々にメールを見て、「仏教の信仰は筋金入りだな」と感心しました。キリスト教徒でありながら、ろくに教会にも行かない私とちがい、作務・読経という毎日の修行から、即ちしっかりとした「形」から信仰に入った人は強い、と感じ入り、とても感動し、共感しましたので、皆さまにも紹介させてください。

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 ブログ拝見しました。少し前でしたが、すぐにご返事できなくて。
正直、先輩の置かれる立場を、自分のことに置き換えています。単純にお見舞いとか快癒祈願を申し上げても、叶えられることなのか、ただ間違いなく、良寛和尚ではないですが、「散る桜、残る桜も散る桜」と思います。かつて、芝公園の銀杏の葉が、日々色づいて、黄色のピークに達したら、散り始め、いつの間にか一枚も残っていませんでした。人生を暗示していると思いました。みんな散った後には、一枚も残っていない~言葉を変えていえば、散るときには散るのが自然であり、冬を越えて残ることはなく、それはあんなに元気だった明治生まれの人達が、いつの間にか誰もいなくなり、大正の人もほんのわずかになってしまった、ということに感じます。彼岸に行った人の方が多くなったということは、それが自然だと、本当に思えるようになりました。私の身の回りを見ても、今の自分の年齢73歳を超えて、生き延びた父母、伯父伯母は特に母方においてまず見当たりません。槇先生も米山先生(濱屋注:私達の共通の高校時代の先生)も然りです。
正直、私が先か先輩が先か、全くわかりませんが、ともに彼岸に行こう「羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」です。
どうかこれからも、きらきら輝いた、充実した、悔いのない人生を送ってください。
少しでもお役に立てることがありましたら、何でもおっしゃってくださいね。ではまた。

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 今回、私がもらったメールや手紙の中で、一番スゴイメールです。ね、スゴイでしょう!序でながら、引用部分の前に書かれていた近況から、後輩が最近詠んだという俳句です。
 「亀には亀の日が流れ秋の風」

 ところで上の写真は、「台湾欒樹」という、台湾の秋を彩る木の花です。秋の初め、丁度私が日本から台湾に帰ってくる頃、黄色の花が満開で、やがて花が散ると、既に、上の写真の右に少し見えているように、これからピンクの美しい果苞が台湾の秋空に映えるのです。

 さて、話は変わり、少し遡ります。午后には沙鹿に向かうという9月10日のお昼に、高雄のホテルに義守大学の同僚だった先生と、卒業生達が何人か訪ねてくれました。私がクラス担任をした、1期生と5期生と、担任はしませんでしたが、1年2年次に会話を教え、3年次には作文を教えて親しかったために、日本語が全然できない1年坊主の5期生と、今よりもっと中国語ができなかった私との間でしばしば通訳をしてくれた、3期生の学生達、それに大学院の学生でした。

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 ご覧のように、子供も連れて来てくれました。
 また、その前日の夜には、義守大学で私がクラス担任をした最後の学生となった5期生が二人訪ねてくれました。そして、ラインを通して、台中にいるという同級生とも一緒に話し、写真を撮ることができました。私にはできないワザです。

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 ところで、今まではだいたい私が払うと言えば素直に払わせてくれていたのに、私の目をかすめて払ってしまったり、「絶対に自分たちで払うから」と猛烈に頑固に主張したりして、結局、9日、10日と、どちらのお茶代も食事代も、私には払わせず、学生達が払いました。
 大学時代に教えた学生達は、今や28歳から32歳になり、社会を支える中核の年代にさしかかっているのでした。しかも、ホテルに来てくれた学生達の内、3人は既に人の親です!
 時は移り、私はおばあちゃんになり、確実にこの卒業生達が活躍する時代になっているのだ、と感動を以て思いました。そして、学生時代には影も形もなかった新しい命、可愛い子供達さえ生まれているのです。幸せに七十数年を生きた私がこの世を去り、学生達が活躍し、その子供達が成長してまた次の代を担う人達となっていく、ということが、とても自然に肯定できる、学生達との再会でした。

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 良寛和尚の辞世「散る桜残る桜も散る桜」は、本当にその通りですし、だからこそ桜の花がいとおしく、いっそう美しく目に映じて愛でられるのですが(つまり、何時になっても散ったり枯れたりしない造花の真逆ですね!)、他方、次の年にはまた新しい蕾が芽吹いて花を咲かせ、樹齢が満ちて木が枯れても、またひこばえが花を付ける、という風に、命が受け継がれ、続いていくと想えることも又、一人一人としては死に行く私達の慰めになるのではないでしょうか。

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使命のある人生

濱屋様、昨年6月に京都精華大学から静宜大学に短期留学し、食事を共にしてくださりその様子をブログで紹介して下さった「福田くん」の母です。その節はお世話になりました。愚息は去年の6月末に帰国しましたがその後も時々、ブログを読ませていただいています。愚息は不器用で要領の悪い方ですが今年の3月に、HSK4級にも合格しました。いろんな方にお世話になった台湾留学は素晴らしい宝物だと思います。
ご体調の事、お見舞い申し上げます。私も含めて、明日のことはわからないのが人生かと思いますが、使命のある人生をしっかりと歩んでおられるのだなぁといつも感銘を受けています。これからの毎日も神様に栄光を捧げる日々になりますよう祈ります。私の好きな賛美の一節です。「すべては主のみ手にあり。明日も生きよう、主がおられる。」息子と祈ります❗️

Re: 使命のある人生

福田様
コメントをいただき、ありがとうございました。福田君が中国語検定に合格なさいましたとのこと、留学なさった甲斐がありましたね。これからも、ご自身のペースでご活躍なさることをお祈り申しております。
 私の癌転移のことですが、お励ましいただだき、お祈りいただきまして、ありがとうございます。
お教えいただいた賛美歌ですが、私は知りませんでした。You Tube を検索しましたら、北京語ではない中国語(多分広東語です)で歌っているのを見つけました。素晴らし歌ですね。励まされます。

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