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澄清湖の「蒋公行館」(蒋介石記念館)

 澄清湖には、「蒋公行館」という蒋介石記念館があります。

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 「蒋公行館」とは、蒋介石公の離宮とか御用邸とかという意味で、平たくいえば別荘です。何と、九州くらいの面積しかない台湾に、24箇所もあったのでした。今は「蒋公紀念館」となり、一般開放がされています。

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 湖が見下ろせる場所に建っていて、様々な記念品が展示されています。西子碗の中山大学の方にある「蒋公行館」はがらんどうで何も展示されていないそうですので、人々が訪れやすい澄清湖の方に展示資料を移したのではないでしょうか。

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 蒋介石の、びっくりするほど唇が赤い像が掲げられていて、

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華やかだった中華民国の外交の写真も

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あります。

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 これら台湾を訪問した諸外国の代表との記念写真は、中正記念堂や台北の圓山飯店により多く飾られていますが(中正記念堂には吉田茂首相や佐藤栄作首相との記念撮影もあります)、その後アメリカや日本が中華人民共和国を選び、中華民国が孤立していった歴史を思うと、胸が痛みます。将来の経済を見越して、50年間は日本だった台湾との絆を切り捨てた日本政府も浅ましいですけど、中国大陸をも版図に入れる「大中華民国」に固執して、「二つの中国」という現実的な国家概念を蒋介石が持てなかったのは遺憾です。
 
 1953年に書いた反共同胞への文書も、展示されていました。

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 それにしても、蒋介石は、端正の字を書きますね。中年太りとは縁のなかった体型は、「美食のし放題」というような野放図な生活態度ではなく、禁欲的な生活を貫いたことが窺われます。関栄次の『蒋介石が愛した日本』には、蒋介石は毎朝端然とした姿勢で日記を記していた、と書いてあって、朝寝坊の私は、「ははー」っと、平伏す思いでした。
 しかし、台湾全土にばらまかれるように作られた「御用邸」の数や銅像の数はどう!

 蒋介石の寝室や、

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宋美齢夫人の絵を描く部屋などもありましたが、特別に見るべき調度品などは置いてありませんでした。

 孫文が、蒋介石を陸軍軍学校(黄埔軍官学校)の校長に任命する辞令が展示されています。私は孫文の直筆を初めて(注意して)見たと思います。

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それは、中華民国13年、西暦1924年、蒋介石37歳の時で、将来国共内戦に敗れ、追い詰められて台湾に撤退する日が来るだろうなどとは、夢の夢にも思わなかった頃の事でした。
 

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